1832年から続く
時計製造の歴史
計時の専門技術
受け継がれるパイオニア精神
ロンジンの物語は、創業以来、パイオニア精神、精度の探求、そしてエレガンスに対するタイムレスなビジョンと共に紐解かれていきます。これによって、世界各国の著名な第一人者やスポーツ団体が、ロンジンのタイムピースおよび計時に関する専門知識を求めるようになりました。
ロンジンの物語は、創業以来、パイオニア精神、精度の探求、そしてエレガンスに対するタイムレスなビジョンと共に紐解かれていきます。これによって、世界各国の著名な第一人者やスポーツ団体が、ロンジンのタイムピースおよび計時に関する専門知識を求めるようになりました。
オーギュスト・アガシとアーネスト・フランシロン - ロンジンの創業者たち
オーギュスト・アガシ(1809-1877)は、1832年に仲間の時計職人たちと、スイスのサンティミエという小さな村に自分たちの工房を構えました。当時、部品は時計職人の自宅で製造されてから、工房で組み立てられていました。
1852年、彼の甥であるアーネスト・フランシロンが工房の経営を引き継ぎました。先見の明があったアーネストは、自社工場を設立することを決意。彼は、有能な職人たちを一つ屋根の下に集めただけでなく、機械化された生産体制を確立し、最高の品質と精度を確実なものとしました。
アーネストは、サンティミエの通称「Les Longines(細長い原野)」と呼ばれる土地に自社工場を建設しました。この土地の名称が社名の由来となり、ロンジン ブランドが誕生しました。
ロンジンの工場は1867年から製造を開始し、それ以来、現在も同じ場所で操業を続けています。
1867年
1911年
1966年
今日
アーネストは、自社製品を偽造品から保護することでもパイオニアとなりました。彼は自社工場から出荷されるすべてのタイムピースに、シリアル番号と、商標名である「Longines」の文字、そして翼のついた砂時計のロゴを刻印しました。
1880年に商標保護法がスイスで導入されるとすぐに、アーネストはブランド名の「Longines」を商標登録しました。1889年、アーネストは新しく設立されたスイス連邦知的財産局(OFPI)にブランド名の「Longines」と翼のついた砂時計のロゴを商標登録しました。世界知的所有権機関(WIPO)の前身である国際事務局が新たに設立されると、彼はこれにブランド名とロゴを登録し、国際的な保護も受けるようになりました。
ロンジンは WIPOに登録されたブランド名の中で、現在も同じ商標で使用されている最古の国際時計ブランドとなっています。
「20Hキャリバー」は、ロンジンが製造した初の計時機能を備えた機構です。 このキャリバーを搭載したストップウォッチは、騎手と騎乗馬が刻印されたケースに収められ、1880年代にはアメリカの競馬場でも見られるようになりました。
このタイムピースには分針と時針がダブルで配されており、コンスタンティノープル(現在のトルコ)でトルコ時間と西洋時間の換算のために使用されていました。 1911年には特許を申請しました。
ロシアのパイロット用に製造された初期のリストクロノグラフには、ロンジン キャリバー 19.73Nが搭載されていました。
直径29mmのキャリバー13.33Zは、現代のクロノグラフの原型と言えるでしょう。アメリカ人パイロットのパイオニア、アメリア・イアハートは、1928年および1932年の2回の大西洋横断飛行でこのモデルを着用していました。
この時計は、船舶の無線通信士が、現地時刻を世界共通の時刻(UTC+0またはズールータイム)に変換するために、時針を追加して使用したものです。2つの赤いくさびは、緊急通報用に電波封止状態にあることを示しています。
このフライバック機構によって、プッシュボタンを1度押すだけでリセットと新たな時間計測を開始することができます。飛行段階を正確に測定すること、さらに高速飛行中に次の段階の計測をスタートできることは飛行士にとって重要な機能でした。写真のモデルは1928年に製作されたものです。
ロンジン ウィームス セコンドセッティング ウォッチと呼ばれるこのモデルは、アメリカ軍将校のフィリップ・ヴァン・ホーン・ウィームス(1889-1979)とのコラボレーションによって開発されました。このタイムピースは、多くの航海士やパイロットたちの人気を集めました。着用者は、回転式インナーダイヤルを使って時計をラジオの時報と同期させることができました。この機能によって、航海中または飛行中に重要となる、正確な時刻を知ることができるようになりました。
このタイムピースは、1927年に北大西洋単独無着陸横断飛行に成功したことで有名なパイロット、チャールズ・A・リンドバーグに着想を得て製作されました。リンドバーグ アワーアングル ウォッチと呼ばれるこの時計は、六分儀および航海暦と共に使用し、飛行士が星の位置から自分の地理的位置を計算するのに使用されました。
キャリバー 13ZNと呼ばれるこのモデルは、当時の最先端技術を備えたクロノグラフ ムーブメントの1つでした。ロンジンは1935年にフライバック機構の特許を申請し、1936年にこれが認められました。
このアイコニックなクロノグラフには、独自のマッシュルーム型プッシュボタンが備わっており、時計の防水性が確保されていました。1938年に特許を申請しています。
キャリバー13ZN12と呼ばれるこのクロノグラフは、中央の赤い大型針で60分の経過時間を表示します。通常使われるサブダイヤルでの表示よりも読み取りやすく、さらには、右側のサブダイヤルに12時間カウンターも備わっていました。
コンクエスト コレクションは、新製品開発戦略の第1歩として 製品ファミリーを導入するきっかけとなりました。コンクエストは1954年4月3日にスイスで商標登録され、ロンジン初の製品ファミリーが確立されました。
エレガントなフラッグシップ コレクションは、ケースバックに帆船が刻印されたメダリオンが特徴的です。
現在レジェント ダイバーと呼ばれるこのタイムピースは、120m防水を備え、2つ目のリューズで操作する両方向回転式インナーディスクが搭載されていました。また、ディスクは内蔵タイプにすることで、水中の障害物から保護することが可能になりました。
毎時36,000振動するこのキャリバー360は、1961年、 ヌーシャテル天文台の精度コンクールで1位と2位を獲得しました。
ウルトラクロンと名付けられたこのモデルは、クロノメーター以上の精度を誇ります。この高振動時計は、1日2秒に相当する「1ヵ月で1分」の誤差しか発生しない精度が保証されていました。毎時36,000振動するこのモデルは、キャリバー360に着想を得ており、新しい電子機器やクォーツムーブメントに代わる機構として使用されていました。
ウルトラクォーツと呼ばれるこのモデルは、当時のどの腕時計よりも高い精度を実現していました。ロンジンは、このタイムピース用に独自のクォーツムーブメントを開発しました。
「金色の葉」を意味するフォイユドールと名付けられたこのクォーツウォッチは、わずか1.98mmの厚さしかありませんでした。まさに偉大な技術力の結晶です。
ラ グラン クラシック ドゥ ロンジンと名付けられたこのモデルは、ロンジンのクラシカルなエレガンスとタイムレスな洗練を象徴しています。
ロンジン ドルチェヴィータと名付けられたこのモデルは、1920年代のレクタンギュラーモデルに着想を得ていました。このシリーズは、イタリアの「甘い生活(ドルチェヴィータ)」の精神を表現しています。
すべてのモデルに機械式ムーブメントを搭載したロンジン マスター コレクションを発表。
ロンジン スピリット コレクションと名付けられたこのシリーズは、それぞれの偉業を達成するためにロンジンに信頼を寄せた航空業界のパイオニアたちのタイムピースを再現しています。
この装置は、バーゼルで開催された連邦体操大会で初めて導入されました。アスリートによってワイヤーが切られると、それぞれタイマーが開始または停止する仕組みになっていました。
これによって、10分の1秒単位の計測が行われました。
これによって、100分の1秒単位の計測が行われました。
1937年に続いて、ロンジンはモンタナ州で開催されたスキー大会でこのシステムを導入しました。 従来のワイヤーを切る装置に代わって、光線を遮断することでクロノグラフのプッシュボタンが動作する仕組みになっています。
クロノカメラと名付けられたこの高精度機器は、信号に瞬時に反応し、4秒で撮影した時間を表示。順位、スタート/ゴール時の人数、時、分、秒、100分の1秒を記録しました。
ロンジン クロノシネジンと名付けられたこのシステムは、クォーツ時計に 16mmカメラを搭載していました。この革新的な装置は、アスリートたちがゴールラインに近づき、通過するまでの一連の画像を100分の1秒単位で撮影することで写真判定を可能にしました。これは、誰が最初にゴールラインを通過したのかを判別するの非常に役立ちました。
コンティフォートと名付けられたこのシステムは、ゴールラインでのアスリートのタイムとそれぞれの位置を撮影するものでした。これによって、100分の1秒単位でのタイムの撮影が可能になりました。
クロノタイポジンと名付けられたこの高精度装置は紙片にタイムを記録するものでした。時、分、秒、10分の1秒、100分の1秒単位での印刷が可能であり、さらには1000分の1秒単位での印刷も実現可能となっていました。ヌーシャテル天文台で精度の高さが証明されており、世界レベルのスピードを計時し、記録するのに使用されました。
クァンタムタイマーと名付けられたこの装置は、スポーツ計時の新たな基準となりました。
創業当時から今日に至るまで、ロンジンは常に乗馬スポーツの世界と密接な関係を築いてきました。1878年に発表されたロンジン初のクロノグラフムーブメントは、騎手と馬が刻印されたケースに収められています。これらのストップウォッチは、1880年代にアメリカの競馬場で使われていたものであり、騎手や馬好きの人々の間で人気を博していました。
1912年、ロンジンはポルトガルのリスボンで開催された障害飛越競技大会に初めて公式パートナーとして関わるという新たな一歩を踏み出しました。 ロンジンが開発した計時装置の品質と信頼性は、長年に渡って数え切れないほどの馬術スポーツに貢献してきました。
2013年から、ロンジンは国際馬術連盟(FEI)の公式タイムキーパーおよび公式ウォッチを務めています。
雪山でのスキーは、ロンジンの母国スイスで最も人気のあるスポーツの1つです。 1924年、ロンジンはスイスで初のスキー大会で計時を行いました。その数年後、サンティミエで製作されたストップウォッチが、フランスのシャモニーで開催された世界スキー選手権大会で計時に使用されました。
ロンジンは長年に渡って、アルペンスキー競技が必要とする機能を備えた革新的な主要装置を開発してきました。高振動周波数ムーブメントとスプリットセコンド針を備えたスキー用タイマー(1939年)、電気機械式ゲート(1950年)、世界中のテレビ画面に競技結果を直接表示できる装置(1971年)などです。
2006年以降、ロンジンは国際スキー連盟(FIS)の公式メインパートナーおよび公式タイムキーパーを務めています。 ロンジンは現在でも、アルペンスキーワールドカップおよび世界選手権のすべての大会で計時を担当しています。
1949年、ロンジンが100分の1秒単位で計測し、タイムを撮影できる全自動計器、クロノカメラを発表。1950年には国際自動車連盟が採用したことも納得の優れた製品でした。
同年F1が初開催され、ロンジンは米国で開催された有名なモナコ グランプリの計時を担当しました。ロンジンは1930年代にすでに自動車レースの計時を行っていましたが、F1がまだなかったため、これらは「グランプリ」と呼ばれていました。
1980年代の初め、ロンジンは各自動車を個別に計測する新しい計器を開発。これはすぐに国際自動車連盟に導入されました。
これによって、ロンジンは1982年から1992年までのすべてのF1レースで公式タイムキーパーを務めました。
1949年1月、ヨーロッパ中から車両が集まり、第二次世界大戦後初となるラリー・モンテカルロが開催されました。30年に渡って計時を行ってきたロンジンが、今回も計時を担当しました。
1955年、サンティミエで製作された特殊なパンチプリント機器、プリントジンを発表。8日間のパワーリザーブを備えた時計が付属したこの機器は、5000km以上のコースに設けられた各チェックポイントで競技者が管理カードに打刻できるようになっていました。この信頼性が高く堅牢な機器によって、パイロットが記録したすべてのチェックポイントの通過タイムをベースに正式な優勝タイムが決定されます。その有用性から、ロンジンは当時の有名ラリーすべての計時を任されたほどでした。
ケープ・デ・ザルプ、英国のRACラリー、ポルトガルのTAPラリー、フィンランドのサウザンド・レイクス、ギリシャのラリー・アクロポリス、アフリカのラリー・ド・コートジボワールなど、ロンジンは1985年まで名だたるレースの計時に起用されました。
1951年、ロンジンは世界的なサイクリングレース、ツール・ド・フランスの計時を依頼されました。
同年F1が初開催され、ロンジンは米国で開催された有名なモナコ グランプリの計時を担当しました。ロンジンは1930年代にすでに自動車レースの計時を行っていましたが、F1がまだなかったため、これらは「グランプリ」と呼ばれていました。
1980年代の初め、ロンジンは各自動車を個別に計測する新しい計器を開発。これはすぐに国際自動車連盟に導入されました。
これによって、ロンジンは1982年から1992年までのすべてのF1レースで公式タイムキーパーを務めました。
35年以上に渡って、ロンジンはこの伝説的なサイクリングレースの公式タイムキーパーを務めています。
1962年から、ロンジンはコモンウェルスゲームズの公式パートナーおよびタイムキーパーを務めています。 各大会で、ロンジンのタイムキーパー、スコアラー、スポーツ スペシャリスト、データハンドラーは、それぞれの専門知識とデバイスを駆使して、スポーツ連盟や連邦各国から集まる才能あるアスリートたちに貢献しています。2022年大会の計時に関しては、専門技術を有する200人以上から成る専任チームが担当しました。
このパートナーシップは、ロンジンの計時機器の精巧さと正確さを際立たせるものです。